研究

研究の独創性・特徴

これまでの森林の保健休養機能に関する諸研究では、制限された環境条件下において、森林関係の男子学生や森林ボランティア経験者等を対象に、単発的な手法が数多くなされてきていました。
それに対して、私の研究は、日常生活や職場等で森林環境に関わりが少ない一般社会人や女性を主な対象とし、定期的かつ長期的な継続研究を行い、森林における保育作業とそれによってもたらされる森林風致の変化が対象者の心身に与える影響を研究してきました。
現在の研究は、身近な森林環境を散策しながら、その環境の中にある要素を利用しながらカウンセリングを行う「森林散策カウンセリング」という事例研究と、森林空間を利用した障がい者、高齢者の森林レクリエーションについて事例研究を行っています。
以下1.~2.はこれまでの研究、3.~4.は現在行っている研究、5.は研究実績です。

 

1. 地域の放置林を活用した保健休養の研究

現在、わが国では、間伐などの適切な管理がされず、放置されたままの森林(放置林)が増加しています。それらの放置林を活用し、2010年からの3年間にわたり、一般社会人を被験者にして、森林の保育作業(間伐、玉切り、木材運搬作業)による林内の光環境や風致景観の改善を目的とした森づくりを行い、それに伴う被験者のストレスと気分変化について調査を行いました。

被験者は、2010年度は、森林に不慣れな都市部で働く30代の社会人(男性2名、女性3名の計5名、山梨県小菅村にて、半年間の調査)、2011~2012年度は、都市部で働く30代~50代の社会人(男性3名、女性9名の計11名、山梨県大月市にて、1年半の調査)でした。

調査研究の方法は、被験者のストレス尺度として、唾液中に含まれる消化酵素の一つである唾液アミラーゼを測定し、被験者の気分評価を「活気」「いらだち感」「不安感」「疲労感」「抑うつ感」「爽快感」「緊張と興奮」の7カテゴリーから構成されるオリジナルの気分調査票を使用し、気分の変化を表しました。

研究の結果、①林分密度や光環境は、継続的に保育作業を行う期間が長いほど、着実に改善されていき、②その林内環境の改善とともに継続的に保育作業を行った被験者の多くは、気分状態が改善され、③その場所の風致評価も高くなっていったこと、また、④継続的に保育作業を行った被験者ほど、気分評価の項目間の相関関係が高い被験者がみられ、⑤唾液アミラーゼについては、個人差が大きいことが示されると同時に、⑥気分評価との相関関係はみられない被験者が多かったことなどが明らかになりました。

2. 森林の保育作業による保健休養効果に関する研究

2011年、2012年の2年間、東京農業大学富士農場の広葉樹植栽試験地を利用し、同学学生を被験者として、森林内の散策および林内の森林整備作業(広葉樹植栽地での下刈り作業)前後の保健休養効果について調査を行いました。

被験者は、2011年は、男子学生3名、女子学生3名の計6名、2012年は、男子学生15名、女子学生14名の計29名でした。調査研究の方法は、上記の1.と同じです。

研究の結果、森林散策と同様の保健休養効果は下刈り作業で得られず、また唾液アミラーゼと気分評価にでは個人差のばらつきが大きく、対象者の人数が多くなるほど、その個人差が大きくなることが示されました。

上記の1.2.の研究結果から、森林の林分密度の減少と光環境の改善は、被験者の気分状態を向上させられる働きがあること、森林の保育作業やリラクセーションを行うことによる被験者の行動パターン化や傾向を明らかにすることは難しく、全ての被験者にとって般化することができないことが示されました。森林における保健休養効果には、被験者の自然・森林に対する興味や、抱えている問題、体調、成長過程などにより差異があることが考えられ、むしろ対象者一人一人の抱える背景や変化を詳しく把握していく必要性があることも示されました。

3.森林環境を活用した女性の保健休養に関する研究

働く女性は、職場や家庭において多くの役割を担っており、男性とは異なるストレス を抱えています。年々働く女性の人口は増えており、彼女らのメンタルヘルスも注目され、保健休養のニーズは高いことが考えられます。保健休養の一つの場として「森林」も、その可能性を持っていると考えます。しかしながら、これまで働く女性に焦点をあてた森林の保健休養についての長期的な調査研究は少ないのが現状です。 この研究では、都市部で働く女性を対象に、身近な森林公園を利用した森林散策カウンセリングを行っています。頻度は、1名につき、月に1回、1時間、計12回の1年間行っています。被験者の変化、同行者(カウンセラー)との関係、その効果について考察を行います。被験者の効果の尺度には、ストレス反応(唾液アミラーゼ)の測定と、気分評価の記入を行い、森林の対照として職場においても同様の測定を行い、街中での散策カウンセリングも行っています。

4.森林環境を活用した障がい者・高齢者のレクリエーションに関する研究

現在、障害の有無にかかわらず、共生社会の実現に向けた取組が行われてきています。日本では、2020 東京パラリンピックを契機に、社会のあらゆる場面でのアクセシビリティ(施設・設備、サービス、情報、制度等の利用しやすさ)の視点が取り入れられるようになり、自然環境が豊富な森林公園においても、その傾向が見られるようになってきています。しかしながら、障がい者や高齢者の方々が気軽に森林環境を利用したレクリエーション活動を行うには、いまだハードルが高いことが現状です。2019年より、国内外における実践事例を視察するとともに、森林公園や自然休養林におけるバリアフリー・ユニバーサルデザインの整備状況、対象者の受け入れやプログラムの提供の有無などの実態調査を行いました。これらの結果を基に、ログラム開発および実践活動を行い、そこから得た今後の森林レクリエーションにおける課題を主催者側、受け入れ側、対象者側の立場から考察しています。